2013年6月1日 土曜日
ベストセラーって・・・
最近売れている「医者に殺されない47の心得」という本をご存知でしょうか。近藤誠という放射線科の医者が書いているのですが、ずいぶん以前に「がんと闘うな」という本を書いて物議を醸し、その当時のがんを専門とする医者との討論で完膚なきまでにやられてその後はどこかに消えたと思っていたのでびっくりしました。しかも、まだ慶応大学病院に勤めているとはさらに驚きました。私も「がんと闘うな」は読みましたが、とても科学者とは思えない独りよがりの思い込みの文章が並んでいて失笑してしまいました。それがまた今度の本がひどく売れているというのでとても疑問でした。私が本を買って彼の印税の手助けをしたくなかったので読むつもりはありませんでしたが、友人が持っていたので借りて読んでみました。数ページ読んだだけでやはり吐き気がしてきました。最後まで読めるかどうか心配でしたが、何とか読みきりました。案の定まともなことはほんの一部だけでした(健康食品やサプリメントのところぐらい)ので、色々な矛盾点を書き連ねたいところですが、反論するのも馬鹿らしいとも思いました。同じ土俵に上がったようで、医者の仲間からかえって馬鹿扱いされるのは目に見えているので嫌でした。
しかし、私のライフワークとしているがんについてだけは書かざるを得ません。それは彼の言うことを信じて助かる人が亡くなってしまいはしないかという心配があるからです。たくさんの矛盾がある中で一番端的な矛盾点を書きます。彼はがんは放置しろと言っています。治療したら早死にすると書いています。しかし、乳癌の乳房温存手術は自分が言い始めた(これもとんでもない嘘ですが)といって大いに推奨しています。実際自分の身内には乳房温存手術を受けさせています。乳房温存手術というのはがんをそのまま残す治療ではありません。がんそのものは切除して、がん以外の乳房を温存する手術です(その後放射線や時には抗がん剤、ホルモン剤なども併用するのですが)。がんで手術はするなと言っておいて乳房温存手術は肯定しているということは、乳房温存術の内容をご存知ではないとしか考えられません。また、開腹手術は否定しているけれど、内視鏡手術は否定していません(この本の114ページに肯定している文があります)。これも内視鏡的にがんを取り除くという治療で、がんは放置しろという訴えに反することです。この治療法の適応は粘膜内癌、つまり早期癌の中でも一番早期、超早期癌とも言うべきものです。彼はこれを「がんもどき」と言っているようですが、そうであればなおさらこの治療法に対しても反対すべきです。結局癌を放置しろという訴えの曖昧さしか見えません。もともとがんが発見されたときにはすでに全身に転移しているからという理由で治療しても無意味と書いているのですが、その根拠はまったく書いていません。つまり癌が発見されたときに本当に全身に転移している証拠は何も記載されていないのです。彼の空想の世界です。がんが転移するのは血管かリンパ管にがん細胞が入り込んで運ばれるからです。つまり上皮内癌のように周囲に血管やリンパ管が希薄なところは転移している可能性がとても少ないのです。だからこそ内視鏡治療という治療法が確立されたのです。日本が開発した世界に誇るべき治療法といっていいと思います。私は内視鏡が専門ですが、いかに内視鏡治療の出来る段階で、つまり超早期の癌を見つけてあげれるかに取り組んでいます。それはもちろんこの段階であればほぼ100%助かるし、その治療による危険性は低いし、治療に伴う患者さんの苦痛も非常に少ないからです。彼は癌を放置させている150人の患者さんを診ているといっていますが、皆さん最後には当然亡くなっていきます。そのうち何人の人が、彼にめぐり合うことさえなければ命を落とさずにすんだのだろうと思うと可哀想で残念で仕方ありません。その人たちには彼はどういう責任を取るつもりなのでしょうか。治療すれば助かる命であったのに見殺しにしているわけですから、どんなに謝っても済む話ではありません。それこそ医者に殺された例です。そもそも医者の立場でこういうタイトルの本を出す目的が僕にはさっぱりわかりません。「患者さんを助けるための47の心得」という本であれば納得しますが。いずれにしろ明らかな彼の一番の罪は、医者という立場でありながら、助かる命を見捨てていることです。彼には医者を辞めていただきたいと思います。私はもともと外科医ですが、なんでも手術したいなんて思ったことは一度もありません。このままだと死んでしまうので手術しかないと思ってやってきました。私たち、癌に携わっている医者に対するこれ以上の侮辱はありません。まだ、言いたいことは山ほどあってこれぐらいでは気が済みませんが、それを書いていたら彼の本より長い本になってしまいますのでこのへんにしておきます。
しかし、菊池寛賞とは誰が選定するのでしょうか?
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